お座敷一間

上京してきてX年目の社会人が、少しずつ手の届く自分の一間を広げていきたいブログ

管理者として1万時間素振りしたんじゃないかな

なにごともプロになるのに1万時間かかるみたいな話がある。

 

なんか10年って言ったり3年って言ったりどっちだよって思ってたら、1日3時間の副業で10年、無休で9時間がっつりやって3年という計算だった。なるほど。

 

前職現職合わせて管理職だったころを数えてみれば、1万時間くらいたっているような気がする。(3年+2年*10時間くらい)

 

新任上司とそりが合わないなどなどの事情により、久々に管理職を離れたのだが、おかげで差分を比較することができてよかったなぁと思っている。

 

  • 意思決定をしてくれる人が上司であれば、「情報判断要素」を整えることが仕事の要訣となる。
  • 大体の問題は「問が明確に立っていない」ことなので、ちゃんと解決のためのリソースを手当てできる人に話を持っていけば解決できる。
  • 管理者の仕事は自分の決裁権を行使すること、と捉えれば動きやすい。上も動きやすくなる(はず)。

 

などなど自分がそうしてほしかったなぁってことを振り返りながら進めることができている(気がしている)。

 

管理職でない側をやればやるほどわかるのは、「問題の解決を決裁者じゃない人に求める人がやたら多い」ってところである。

 

かつて自分がそうだった時、管理者というのは、部下の課題を解決する環境整備が仕事だと思っていた。

でもそうでない立場になって、課題やタスクを整理しながら思うのは、「全然部下の課題、管理者の責任じゃねぇなこれ」みたいなのがいっぱいあるってことだ。この話上司にもっていっても何の決裁権もないのでは?みたいな話がたらいまわされてくることが多すぎる。(まあそういう部署にいるってだけなんだけど)

 

1万時間素振りしたおかげで、仕事とはなんじゃいというのがだいぶ見えるようになった気がする。出世し続けられた人もいるのだろうけど、寄り道してみてよかったなというのが率直な感想。

 

YOASOBIの夜に駆ける コレ、すごすぎないですか。

昨今ヨアソビ、ずとまよといったバンドが流行ってるという。
というのをマツコ会議で見た。(まあ地上波で特集されるくらいだから、相当レイトなアダプターなんだとは思う)

 

マツコが述べていた(マツコって呼び捨てでいいのかな…適切な敬称がわからない…)とおり、どこか懐かしさを感じる。なんだろう。どっから来るんだろコレ。
ベースがゴリゴリしていて聞いてて気持ちがいい。声質はいずれもしっとりとまた、ぴったりと耳につかず離れずいる女性ボーカル。

僕が音楽について語れることなんて多くはないのだけど、歌詞をみてびっくりした。
ティーンズ、これに共感してるの。めっちゃすごいと思う。

 

もう嫌だって疲れたんだって
がむしゃらに差し伸べた僕の手を振り払う君
もう嫌だって疲れたよなんて
本当は僕も言いたいんだ

 

舞台は僕と君、夕暮れ時、フェンス越し。
青春というのにはなんとも大人びている。

 歌詞の中には「僕」と「君」しかおらず、男女、という書き方をしていない。
きっとポリティカルコレクトネスのバランス感なんてのはとっくにスタンダートなんだろう。


「僕」と「君」は全く同じことを考えていてもおかしくない。

「もう嫌だ」なんて思うとき、相手だってそう思ってるかもしれない。
嫌だと思う加害者と嫌だと思われる被害者、これは常に両面あり、いつだって入れ替わりうる。

コミュニケーションの肝は常にブーメランを放っていることに自覚的になることだ、とようやく理解したみそじのおじさんから見ると、この歌詞はキャッチーなポップさと裏腹にめちゃくちゃ鋭角な本質をえぐっているように見える。

失恋しちゃうかも・・・なんて思う女子高生がこの歌聞いて、

「本当は私も嫌だって疲れたよなんて言いたいんだ…」ってなって救いはあるのか。

変わらない日々に泣いていた僕を
君は優しく終わりへと誘う
沈むように溶けてゆくように
染み付いた霧が晴れる

あるのか?…いや、ないのだこれが。
歌詞では最後、「終わり」が救いとなっている。

 

これがまたすごい。

青春なんてすいた惚れたの繰り返しが醍醐味でしょ、
みたいな浅いおじさんの恋愛観を喝破されてしまった。

違うのだ。今、この歌に共感するような世代の若人は、
合意形成があればその結果に殉じることが誠意だと気づいている。

 

世にある「一見正しそうなこと」が「どうやらそうではなかったこと」は、SNSという同時全方位的な意見発信の可視化によって看破されてしまった。

だからこそ、目の前の人との合意形成がすべてだと、この歌は語っているのだと思う。

 

繋いだ手を離さないでよ
二人今、夜に駆け出していく

 

関係性がすべてではない。
終わろうが何だろうが。
今、二人で手をつないでること駆けることをお互いが望んでいることが価値なのだと。

 

テキストコミュニケーションがどんどん暮らしの中心にくるにしたがって、
放った言葉はすぐ自分の手元に戻ってくるようになった。

押した分だけ押し返される、そんなコミュニケーションの力学を感じる。

そんな僕がやっと理解できて来たことは、もう若者の間ではデファクトスタンダードだよっつってガツンと殴りかかられたような、そんな歌詞の濃度。

 

もしかして未来は明るいのかもしれない。

そこに僕が淘汰されずにいられるかはわからないけど。

【最強デッキ】家電編

いろいろと家電の導入をなんだかんだで進めている。

〇1.食洗器
〇2.ルンバ
〇3.ネイチャーレモ

家電による家事タスクの自動化というのはなかなか評価が難しい。

削減されたタスクの定量化が難しいこと
=対費用効果が表現できない

ことが要因だと思う。

「家事がどれくらい大変か」

「どこまでならコストをかけてもいいか」

この点において、家庭内の合意形成をするのは結構難しい。

 

なので、伝聞や口コミなど、共通して信頼できるという情報ソースがあることが重要だったりするのだけど、それはまた別の話として。

 

〇1.ルンバ

こいつは相当良い。書いた通り、定量的な対費用効果を表現することは難しいのだが、とにかく、「なんもしてなくても抜け毛とかが落ちてない」状態になるのである。

これがめちゃくちゃでかい。なんとなく床にゴロンとなってみて、あーそろそろ掃除しなきゃなとか、なんかざらついてんな、というのが極端に減る。

 

子育てとは結構相性が良くて、「床にものが落ちてない状態の確保」が双方にとって有益だからだ。細長いポテトのおもちゃを誤嚥して停止するルンバ。携帯の充電ケーブルを巻き込んで停止するルンバ。彼にとって危ないものは大体子供にとっても危ない。

なので、床にものが少ない(子どもが手を出しにくい位置)ご家庭にはうってつけというわけである。

ただ無茶苦茶高いので、評価は難しい…。(うちはもらった)


〇2.食洗器

これもそうで、「何もしなくても皿がきれいになってる」というものである。
こっちはより難しくて、あらく汚れを落とすだの、お行儀よく食器を並べるだのでそこそこ手間がかかる。入れ方が悪くて汚れ落ちが悪い、なんてこともある。難しい。

洗い物って動画コンテンツとかとは相性が良くて、しながらなんかできたりするので個人的にはそこまで苦手意識が少なかったこともある。

ただ、確実にない状態には戻れないな…と思う。
なんせこどもは手がフリーな状態でない限り相手ができないので、とりあえず自動でやってくれるというのはでかい。

 

〇3.ネイチャーレモ

これめちゃくちゃすごい。何かというと、「リモコン機能を集約して、アプリで操作できるようにする」ものである。

スマートスピーカーとかの一歩先、これが欲しかったんだよな、というものである。

具体的に言うと、あらゆるリモコンの電波を記録して、一つの端末から飛ばすことができるようになる。その端末の操作はアプリで完結する。

 

なので、クーラーも部屋の電気もテレビも、リモコンが存在するものはすべて携帯で最低限の機能を賄えるようになるということである。

 

・屋外から操作できる

・携帯さえあればリモコンが不要になる

 

これ、すごくないですか?
スマートスピーカーの、なんか接続とかめんどくさそう・・・とか、端末側が対応してるかわからんな・・・とか、そういうのすっ飛ばして、「リモコンがあるかないか」だけで導入要否が判定できるのが偉い。

 

ただ、対応できるメーカーかどうか、は地味に大事っぽく、コーナンブランドの照明は取り扱いメーカーになく、独自設定(利用自体はできる)になるのだが、なんかやや反応が悪い。うーん。難しい。

 

 

まとめると、子供ができると家電の価値は相対的にあがるってことですね。

なんか誰かがもう何百回と書き倒したであろう結論になってしまった。

【格安SIM】ソフトバンク→auへ2台乗り換えて49万円儲けた話

通信キャリアが大手三社以外にも出てきて群雄割拠する時代になっている。

2019年現在ではTV-CMやyoutubeの広告などでガンガンプロモーションがかかっており、だいぶメジャーになってきたように思う。

 

そんな中、母が月額9000円くらい携帯代を払っており、且つ1GBも通信量行ってないのでなんかないかという相談を受けた。

 

比較条件

 

片田舎のエディオンなので、空いているのはいいのだけど店舗スタッフも少ない。UQLINEモバイルはスタッフがいなかったので条件交渉を諦めた。

 

前提条件

  • 母と弟の2台の携帯の見直しを行う
  • 両名とも月額9000円くらいの正規プラン。50GB上限のギガホーダイ?かな?
  • 母は通信量2GB未満なのに高いと感じている。
  • ママ友が楽天モバイルに変えて安くなったという噂を聞いて相談を持ちかけてきた
  • 弟は母に通信量負担してもらってるので巻き込まれた。大体月10GBは使ってる模様。
  • 2人ともiPhone7で2年目。使えてはいる。

 

作業手順

  1. 3年間のトータルコスト、解約金、特典を確認しよう
  2. 楽天モバイルで条件確認
  3. ソフトバンクで契約内容、条件確認
  4. auで条件確認

 

恐らくだが、この話は格安SIMの条件をしっかり確認してから大手キャリアに行った方が得だと思う。格安SIMランニングコスト面でかなわないことは大手キャリアも認識しているため、通信料以外の各種条件が引き出しやすくなる。

 

出てきた条件

・2019年8月 某所のエディオンでの比較。

・母と弟のソフトバンクキャリア2台で交渉

・数字は正確性を期さず丸めてます。自分でも記憶しやすいわかりやすさを重視。

・金額やプラン内容を保証するものではありません。

 

 

1.楽天モバイル

  • 割引特になし
  • 端末割引特になし
  • 3GB制限で2年目まで1500円 3年目3000円 
  • 3年トータルコスト72,000円
  • 3年以内の期中解約金 10,000円 ※3年経過すればいつでも解約OK

 

格安SIMの大本命というイメージでまずきいたらやはり安かった。月9,000円/3年324,000円の世界とは大違いである。これだけでもいいくらい。

 

2.ソフトバンク

  • 特に条件なし

 

なんかまだ検討中やったからか、契約条件だけ確認して終わった。

新月の確認ができたのと、携帯台の残債がまだ一月分残ってるからとか言われた。

特に引き留め条件とかもなし。

 

3.au

  • 通信量 4,500円(2年目5,500円)の2GBプランの提示
  • 3年トータルコスト 181,000円
  • 端末 iPhone8 一括0円(8万円相当)
  • 2台切り替え条件でエディオンポイント 62,000円付与
  • au walletで使えるポイント 10,000円×2 付与
  • 解約は2年で更新月制、期中解約10,000円

 

さすがというか、通信量は下げないがガッツリ他の付与条件を回してきた。特にエディオンポイントは最初30,000円と言われてたものが、ヨソも回りますんで!と行って帰ってきたら60,000円になってた。

 

比べまとめ

  • 楽天は端末そのまま。通信量が安く3年72,000円。
  • auは通信量は3年180,000円と倍以上。でもエディオンポイント60,000円、iPhone8 80,000円、au ポイント 10,000円付与。

 

弟は通信量が上がるのでプランも変わるところだったが、もう通信料安くするか端末をiPhone8で新しくするかの二択、と行って決めさせた。

 

結論は2人ともau

まぁソフトバンク月9,000円でiPhone7分割払いしてたのに比べたら良い条件になったとは思う。

 

ソフトバンク 3年324,000円×2台=648,000円

au 3年181,000円+216,000円台切り替え条件-端末80,000円×2台-エディオンポイント60,000円-auポイント10,000円×2台=155,000円

 

厳密にいうと母のプランはもう少し安いのだが、650,000円→155,000円

差分で49万円

 

って考えたら相当安いね。

まぁポイント使い切らなきゃいけないけど。

平成最後の回顧録

平成が終わる。
21世紀に代わったあの瞬間のような、高揚感はない。

あのとき小学生だったぼくは、近未来的な何かの訪れを確かに感じていた。
ように思う。

 

振り返りなんて豆な人なら毎年年末にやっているのだろうけど、

今日は妻子がいないのでたまには物書きにでもふける。

 

▼学生時代

思えば大学を卒業したのはもう10年も前のことになる。

  • 自分が部長だったインカレサークルのMTGに誰も来てくれなくなった。
  • 全国コンテストで脈絡なくムーンウォークしてめちゃくちゃ先輩に怒られた。
  • とにかく死ぬ気で頑張れ!みたいなビジネスコンテストで普通に寝た。
  • ヒッチハイクしてみて、意外と世の中の人って優しいし何とかなるなって思った。

▼新社会人時代

新社会人で入社した会社は、5年勤めて辞めた。

  • 新卒で子会社の社長をやらされていた同期が蒸発した。
  • その時子会社のNo.2だったぼくは、社長にはなれなかった。
  • マネジメントも一部の人からはボロカスに言われた。ただ、アルバイトの人の一部は若いのに頑張っているという評価をしてくれて、ちゃんとついてきてくれた。

振り返っても、結局あの転職は逃げだったのかもしれない。

もっと大きな仕入れをすることや、大きな企画を作ることもできた。自分にはその力がないと思ってできなかったのかなと思う。

 

▼2社目時代

現職でそろそろ2年半になる。

  • 委託先、インハウスそれぞれの管理で20名の管理をしている。
  • QAや発注先との調整・判断事項が多く、業務負荷は高め。

 

ストレングスファインダーでは確か、「成長促進」「原点思考」「調和」「適応性」「個別化」が出ていて、あたってんなーと思う。

学生時代の誰もついてきてくれなかったトラウマとか、とにかく業務量がクソみたいにある中人海戦術でなんとかしなきゃいけないという負荷とか、その辺が影響はしていると思う。

 

中間管理職は非常に自分としても主戦場だと思っていて、部下たちの意見をいかにすいあげるか。彼らが個々に持つ原点となる部分を刺激して、うまく一緒に成長していきたいというスタンスが、会社を変えても特に変わらない。

 

自分のスキルセットってなんなんだろうといつも思うが、やはり中間管理職にほりこまれて、上と下の間を取り持てるというのが理想の一つなのだろう。

 

現に、意思決定の主体になりたいと思うことは全然ない。
社畜と揶揄されても結構だけど、方針があったほうが動きやすい。

 

「マネジメントで信用されないのはなぜか。知識が足りないからだ。」

これを現職の上司から言われている。

(上司も、自分自身がかつての上司に教わったんだという伝え方をしてくれたのだが)

 

僕がすべきことは。

知識を得ること。マネジメントとか業界のことに関わらず。

違う職種も知りたい。

もっと足りないことがあるということを自覚してやっていかないと、

きっとこの先自分の思うように生きることはできない。

 

若さなんてすぐなくなっちゃうんだから。

はーがんばろ。

カラオケ論

娯楽の一つとして、カラオケというものがある。

かくいう僕もカラオケを通じてたくさんの友人を得ることができた。

 

でももともとはすごい嫌いだったんだよな、

と先日会社の送別会で参加したカラオケで思いだしたので、それを記しておこうと思う。

 

 

職場の送別会のカラオケなので、職務でかかわりのある人もない人も含め、20人位がずらっと椅子に座っている状態になった。

 

気心の知れない人とのカラオケって、ほぼ100%マイクの譲り合い起きないですか?

特に最初の1曲とか中々誰も入れないみたいな状況になる。なんでその程度の覚悟でカラオケ行こうぜ!ってなるのかがあんまわからんけど。

皆さんの様子を見ていて、過去自分が初めてカラオケに行ったときの記憶が呼び起こされた。

 

カラオケの嫌なとこ

1.恥ずかしい

 曲を選ぶのも、へーこういうの好きなんだ?とか判断されそうだし
 大きい声で歌ってたら、へー自信あるんだ?とか思われそうだし
 己の趣味嗜好と能力をなんでデカイ声で聴衆に発表しなあかんねん
 という恥ずかしさがすごかった。

 

2.孤独

 1曲歌いきるまで終わらないんですよ!?
 しかもその間マイクを持ってるのは自分一人で、武器は声だけ。
 間奏とか何?みんなどうして過ごしてるの?

 

3.何が正解かわからない、拒絶感を感じる

上記2点が臨界した結果、マイクを持ってすいませんみたいな気持ちになる。
あれ、僕だけですかね。歌の聴き方なんて限界あるじゃないですか。
野次入れてあげるくらいでしょ、優しさなんて。

 

 

きっと歌の上手い人は、聞かせる自信があるんだろうけど、

そういう自己肯定感があんまりないタイプには厳しくないですか。

 

大学生になってカラオケに連れていかれた時、

歌いなよってマイクを渡されてマジで処刑台に行くときの気持ちだったから。

ステージまでついてたから。

 

この1曲5分で僕は何かを誰かに評価されちゃうんだよなって。

すごく憂鬱でした。

 

最初にうたったのはバンプオブチキンの fire signでした。

単純に急に音程が高くなるとことかなくて、なんとか歌いきれそうだなって思ったからだったと思う。当時は今よりもっと知ってる曲が少なかった。

カラオケに行くなんて思ってもみなかったから。

ちなみに選曲が選曲だったので、fire signはみんなしっとり聞いていた。歌ってる側はもうヒヤヒヤものだった。

 

その辺がスタート地点にあるからか、僕のもっているカラオケ論は

孤独とか寂しさとか、カラオケの場ではそういうものがなくなればいいな、

安心で安全で、自分が何をうたってもいいんだって思ってほしいな、

というのがある。

 

幸いというかなんというか、大学のサークルはそういうカラオケを盛り上げようという気概を持ってる方々が多く、盛り上げの基礎連はそこで培った。

 

 

体系的に整理すると、究極下記になる。

 

カラオケの嫌なとこをなんとかするためのアクション

1.一緒に歌う

邪魔と思われるかもしれないんだけど、僕は自分の歌に自信がないので一緒にガイドしてくれる人がいるのが一番ありがたい。何よりこの曲を知っているということ、一緒に盛り上がることができる、アナタの選曲を肯定している人がここにいるよ、という安心感につながると思っている。でも邪魔だったらごめん。

 

2.間奏中一人にしない

リズム取るくらいしかやることないじゃないですか。芸達者な人なら振り付けコピるとか、語り入れるとか、いろいろあるけど。そういう時に適当な寸劇でもなんでも突っ込んでいく。体力が適切にあれば合いの手を叫び続けるだけでもいい。邪魔だったらごめん。

 

3.共有ポイントを明確にする

二人でカラオケ行ってるならともかく、大体複数人いるわけじゃないですか。自分一人じゃ聞いてるよっていうアピールも限界がある。良心ある人がきいていたならきっとある程度同じようにちゃんと聞いてるよって伝えたいと思ってくれるはず。サビ前にカウントするとか、せーのっていうとか、一緒に何かをするタイミングを可視化すると、全体で取り組める何かを共有できる。これを作り出せれば、場としてその人が肯定されているということが可視化できたんだ、と思える、はず。邪魔だったらごめん。

 

というような原理でカラオケに取り組んでいるため、基本的にうるさい。

邪魔だったらごめん。ホントごめん。

なので自分が曲を歌えなくてもそんなに問題にならない。

 

こんな程度のコンセプトでも、継続というのはすごいもので、やってるうちに練度が上がって"ガヤ"という概念を共有できたりした。

 

人によって"ガヤ"の定義はまちまちではあるが、概ねその場を盛り上げようというアクションであることは間違いない。

 

少なくとも僕にとって、何かをするときに、一緒に楽しもう、というスタンスで取り組みができる人がわかるのはありがたかった。

 

カラオケに誘えばどんなやつかわかる、コツコツカラオケ主催を続けて7年近くなる。そうやってできた友人が今でもたくさんいることが、一番ありがたいことである。

 

きっとお酒が飲める人はお酒の場で、スポーツができる人はスポーツで、そんな友人を見つけるのだろう。僕の場合はその手段がカラオケだっただけだ。

 

 

 

そんなことを送別会のカラオケで思い返していた。

普段職場では寡黙目なキャラクターなので、初めて参加したカラオケで意外と思われるかもなぁと思いつつ、メタに自分のカラオケを思い返す機会になった。

 

おそらく僕はすべての勝手に入れられた選曲を歌い、歌い手のいない選曲を拾い、帰る帰らんの誰も歌を聞いてない瞬間でもマイクを持ってる人の側にいれたと思う。

 

そんなに歌うの好きでもない人に回して、特に聞かないあの現象、やな感じだなぁと思う。

何人かここにも場を盛り上げようという人がいたからなんとかなった、そんな気はしている。

 

 

そしてやっぱり、カラオケは気の合う人といった方がいいなと思った。

強要や場つなぎが必要なら、わざわざカラオケなんか選ばなくて良い。

 

コミュニケーションなんて

最近どんどんわからなくなって来ているけど、

 

マイクを持ったその時の

主役の瞬間と孤独の訪れを

僕は分かち合いたいわけですよ

 

それを受け入れてくれる人と、

僕はカラオケに行きたいわけですよ

 

 

暗いと不平を言うよりも進んで灯りをつけましょう

事務方を担っている人が辞めた。

ざっくりいうと6名くらいの営業のアシスタントって感じで、中核となってる人だ。

 

退職理由は、正当な評価をされてないと感じたこと。時給があがらなかったことが不満だった。

私はもっと高い時給で働けるのにと常々言っていた。

 

一応まぁこちらも評価に対しては理があって、子供の面倒を見る関係で早退なり遅刻なり、はたまた急なお休みもほぼ100%要望通りにした。

きちんと仕事は勧めてくれてると信用してたし、実際大きな問題もなかった。ただ、こんな勤怠の人を評価して給与あげることができるのかというとそれは別の話。

 

もちろん、成果や能力が全てなんだから、パフォーマンスするなら相応の給与を払うというのは正当な話だ。

ただ、僕から見ても決して低い給与水準ではなかったと思う。

何より、別にリプレイスのきく仕事だと認識していたから、好待遇の会社が本当にあるならそちらに移るべきだろうと、そう思った。

 

結果、曰く同じくらい勤怠融通がきく会社があったらしく、そちらに移るとの話があった。

 

ここからは失敗談なのだが、どうも僕もその人の仕事を軽んじてると思われていたらしい。

巻き取りますよという発言にも、あなたに出来るような仕事だと思われてたなんて、みたいな突っかかりようであった。

 

また、周りのスタッフにも自分がどれだけ素晴らしいか、僕のマネジメントがいかにダメかみたいな話をお膳立てしていた。

結果、周りのスタッフはその人が辞めることに対して不安だ、なんとかしろとひたすら言ってきた。対案はなし。

 

最後は自分が頑張ってマネジメントしてきたけど、評価されなくて残念ですと言って辞めていった。周りにみなさんのために頑張ってきたけどね、と自分の言いたいことを言って終わった。

次はマネジメントの職位に入るらしい。

 

まぁこっちも手落ちは色々あって、退職することの共有が遅れて、有給考慮できてなくて明後日退職発覚みたいなクソみたいなコンボをしてしまったのでなんとも言えない。

 

ただ思うのは、こっちも採用とかの手は打っていてこの結果なので、別にどうしようもなかったと思っている。

 

結局欠員が出た結果のしわ寄せを、自分にこないように結託して努力している割に、正当な評価をされないことに不満を持つというダブルスタンダードに人の業をみる。

 

困った時に助けてくれないやつを評価するのなんて無理だろ。

 

ただ少なくとも、やらなきゃいけないことはクリアになったので、個人的にはスッキリした。

その人の作業をあとは巻き取るだけ。

人間関係はもはや関係ない。

仕事で黙らす。いいじゃないか。

 

こういう逆境にこそ強くあろうと思えたことが少し嬉しい。